餡とコーヒー

和菓子とコーヒーに癒されるひとりが書いています。

痛覚

今週のお題「カバンの中身」

 

初めてお題にのって書いてみます。


カバンの中身とのことですが、

さてお気に入りの革小物がある訳でも、きっちり書かれた手帳があるのでもない。

 

あるのは簡素化にしてはぺしゃんこ過ぎる財布、デオドラントスプレーや傷だらけのこのスマホが現在の私の疲弊ぶりを物語っているのかもしれない。


かつての私の通勤バッグは重かった。

ぱんぱんのバッグの中身は主に単行本や雑誌が入っていた。

 

仕事帰りに本屋に立ち寄り、ついつい衝動買いしていたのだった。

 

なのでカバンは触るとごつごつしている。

 

機能性に欠けたステイタス偏向気味のバッグなので内側に余裕がないのだ。

 

このバッグについては言いたい事が沢山あるが、今はカバンの中身についてなのでやめておく。

 

読みたい本も買って家のドアの前に立った。

 

さあ夕飯を作って早めに落ち着きたい。

 

軽く尿意もする。

 

と、ササっと鍵を取り出そうとバッグのスリットに手を入れた瞬間

 

鍵先が私の中指爪の間に勢いよく刺さった。

鍵束は朝の私によって逆さまにスリット突っ込まれていた。

 

誰もいないマンションの廊下に 「痛っ」 という短く小さな叫びが響いた。

 

その時のやり場のない悲哀と羞恥、後悔、憤りの感情は忘れられない。

 

それからカバンの中身を探る時、おずおずと手を伸ばしている。

 

 

 

マッシュルーム

あゝ悔しい。

 

八百屋に置き忘れた1山180円の
マッシュルーム。

 

牛乳とじゃがいもを買い、ポタージュスープにするんだと楽しみに家路を急いだのに。

 

電話をかけても虚しいFAX音が応答する。

 

あゝ悲しい。

 

そうだ今日は8月9日。
マッシュルームを買おうと思ったのが間違っていたんだ。

 

あゝ馬鹿だった。


八百屋での出会いは忘れないけど、

やっぱり永遠に遠く置いておこうと思い直した。

 

 

ロック

自宅から5メートル以内の建築現場では絶賛騒音展開中。

 

鉄骨組立の音 カンカンカンカン

溶接音 チュイーーーン ガリガリガリガリ

重量物を投げつける音 バーン

男達の笑い声 ワッハッハ  ヒャッハハハ

 

…と、不快のお裾分けをしてみる。

折角読んでくれたのに、

ごめんなさいね。

 

愚痴を言ってもはじまらないので、イヤホンで椎名林檎を爆音でノリノリに聴いている。

 

彼女の喘ぎ声のようなロックを耳に受ける。
私の体と心の波長を合わせる。

 

閉め切ったカーテンの暗い部屋だけど、

音に身を任せると嫌なことは忘れてしまう。

 

当たり前なのかもしれないけれど。

騒音を掻き消してくれるのは、

音楽だったんだ。

 

 

天井

心理カウンセリングを学んでいた昨年のこと。

 

私は意欲をもって知識を得ようとしていた。講義ではノートをとり、先生の言葉を一語一句聞き取ろうとしていた。

新しい知識は興味深かった。先生は美人で溌剌としたカリスマ的な人だった。

 

実践クラスのある日、家族療法のロールプレイングをしていた時のことだ。

 

4名1グループのうちの1名の家族をモチーフに、他3名が家族役になってそれぞれの視点を話し合う形式だった。

 

私は引きこもりの弟役を言われ、円座に背を向けて俯いて座ることになった。

母役、父役、本人とそれぞれの座り位置や役柄を本人の感覚で指示される。それから1分くらい静止するのだ。

 

下を見て俯いて座っていると、とてつもない疎外感が生まれた。わずかに視界に入る母役の眼差しが救いだった。

それぞれ母役、父役の感じ方もあるのだろう。

…と、まあこういった家族の疑似体験を数分後に共有し合う授業だ。

 

静止していた1分の間に俯いている私のそばを先生が見回るように通り抜けた。

「お前はずっとそうしてろ」

低い声で確かに聞こえた。

 

冷たい短刀で腕を削がれたように、

私は一瞬呆然としたが、先生は確かに言った。

その意味は直ぐには理解できなかった。

 

あれから一年、頑張っても足掻いても何も実らない。

 

母が亡くなり

父が亡くなっても

姉や夫から離れても

私は休むことをしなかった。

無理にでも活動しようとしていた。

休むのが悪いことのように。

 

あの先生は気づいていたのかもしれない。

私の様々な矛盾を。

それを冷静な臨床心理士として、先生として読み取り、あの人らしい最適な方法で私に烙印を押したのだ。

 

案の定、私は最終試験のカウンセリング試験に出ることが出来なかった。

 

いま、何となく天井を見つめながら当時のことを思い出していた。

 

 

ゆっくり息継ぎをしながら、

休むことにする。

 

これからの為にも。必ず。

 

 

 

大暑

とても疲れた。

もう体が動かない。

悩む気力すらない。

落ちるように眠りにつく。

料理とロマン

料理には愛が要るって思うんです。

 

強いて言えば、愛が欠かせないんじゃないかって確信してます。

 

食べる人に?

作ってる自分に?

素材に?

レシピに?

報酬のお金に?

 

いえいえ、

ベクトルは何処に向いていたって

知ったこっちゃないのです。

その人次第なのでね。

 

 けれど、

 

心が無ければ

料理をする時間も惜しいはずだし、

愛がなければ

手間暇かけることは出来ないでしょう。

 

だって現代では自分で料理しなくても生きていけるもの。

かつての生きる術ではないもの。

 

実際はね、

ハッキリ言って面倒臭いです。

 

どうして好きこのんで肉を叩いたり、キャベツを2ミリの千切りにしたり、不毛に小麦粉などでベトベトにしたり、わざわざ危険を冒してまで油を高温にするのでしょう。

 

全ては

おいしい!のため

 

私はこう思うのです。

 

「おいしい!」という名の愛を

獲得するための作業だったり探究だったりする楽しい夢なのかもしれません。

 

料理って本当はロマンチックなんですね。

 

 

え、

もう知ってるって? 

 

 

フィールド

至極当然な話だけど、

 

15歳の女の子がすぐにでも一般事務のOLになるのが無理なように、

40歳の女性がアイドル歌手を目指すのがどだい無理なように、

 

其々の本分があるのだ。

 

私はさっきまで違うフィールドで違う試合に出ていた。

走っても走っても、

罵られても、転んでも、

聴衆は「おーい、間違えてるよ!」
なんて誰も教えてくれない。

 

私の勘違いは大量の汗水となって体内から流れ落ちた。

 

私は、昔からありながら避けて通ってきたフィールドを見た。

 

本当のフィールドは憧れでもなんでもない。さすがに認めなければ。

 

認めて初めて、

努力し鍛錬し挑戦できるのかもしれない。

 

怠惰なのも認める。

目先の楽しいこと、

簡単なことをこなして生きていこうと思っていた。

教えてあげるよ。

それって実は倒すべき敵のための生き方なんだよね。

 

自分のために

改めて、大きく深呼吸する。

 

目の前に広がるフィールドは

青々とした芝生だろうが、

荒涼としたラフだろうが、

 

背筋を伸ばして駆け出そう。

 

誰のためでもない、

私のために。