餡とコーヒー

和菓子とコーヒーに癒されるひとりが書いています。

歴史を識る

久しぶりに高い本を買いました。

 

このブログではお気楽な食エッセイだったり愚痴だったりと、偏屈な論点ばかりなので、今回も軟弱で偏屈者として思ったことを描こうと思います。

 

ある日、書店で文庫や料理本、健康の本、雑誌棚を見ていると、いつもとは縁の遠い言論ジャンルの月刊誌コーナーに辿り着きました。

今までこのジャンルの棚に用があるといえば「公募ガイド」「ダ・ヴィンチ」位なもので大抵は素通りします。何故、今回この棚の前に立ったのか…そう言えば何故なんでしょうね。そんな気になったのでした。

 

雑誌コーナーの言論ジャンルの棚に歴史関係と時事問題の雑誌や書籍が置いてありました。

でもなぜかこういった類の本は、「○○について歴史的事実はあった!」「○○はなかった!」と気持ちを煽るような事ばかり書かれています。

それでも、私個人の素朴な疑問として、「事実を曲げているのだとしたら、何のメリットがあるんだろう?」です。

 

あまり言葉は良くないですが、言い切り文句の歴史言論について「煽っている」と位置付けるなら、その目的を分析してみたいと思います。

  • 分かりやすいキャッチコピーだから
  • 読者の不安感を増幅させる
  • 読者の不満を解消するため
  • 筆者の熱いオピニオンを伝えるため
  • 時事ニュースに則るため
  • 組織的な目的のため

浅薄ながらも幾つか理由が挙げられます。

うがった見方かもしれませんが、煽る理由としたら、誰得なんでしょう。

 

私はある○○を知りたくて、大学の教科書として読まれている本を一冊買いました。

(本当は一冊ではだめなんです。3,4冊は検証したいところです。が、金銭的な理由で1冊とりあえず買いました)

その本には、その○○について、可もなく不可もなくストレートに書かれていました。伏線として諸外国でもニュースになったと客観的事実が書かれているところに敬服しました。

実はまだ読み途中なので大きい声で言えないのですが…2千円以上する本でした、大きなキャッチコピーで書かれている言論本を2冊買うより内容が幾倍も濃いと私は思うのです。

 

事実を認めないでいるといつまでたっても足踏みしているままだと思います。

認めたうえで建設的な目標を立てたいと、陰ながら思うのです。

 

もっと言うなれば、日本に居て外国の人と話す機会があったり、渡航先などでその話題になったとしたら、誤解のない話が出来るようになりたいです。

その為には歴史認識を素通りしないで積極的に識ることは、大事なことです。

 

ここで○○って何?とこのブログを読まれた方は思う事だと思います。

歴史的事実といえば邪馬台国の金印や、信長の死因にしてもそうですし、従軍慰安婦にしても南京事件も当てはまると思います。