餡とコーヒー

和菓子とコーヒーに癒されるひとりが書いています。

ノスタルジイ

ノスタルジイとは何か。


脳裏にしまって置かれたものが引き起こされた欠片。
美しいもの、善きものとして時折蘇ってくるもの。

 

けれど、ノスタルジイは慰めでしかない。
いくら披露したところで慰め合っているのと同じ。私はそう思う。

 

例えば私のノスタルジイを引き合いに出す。

今、近所に新しくできた青いラーメン店が話題を呼んでいる。
だが申し訳ないけれど、中年の私にはいくらラーメン店に行列が出来ようとも、
通りかかる度にノスタルジイを想起させる材料でしか無い。

 

かつてその場所には魚屋と肉屋、八百屋が揃っていた。


魚屋には黄色いポリ製の桶にどじょうが売られていた。悪ガキの頃その桶を蹴って面白がっていたのだから記憶は確かだ。
肉屋ではコロッケを揚げていて、町の台所として中心的存在だった。おかみさんのパンチパーマが脳裏に刻まれている。
道を挟むと文房具店、菓子パン店、その光景はかつての日常だった。

 

ある日起こった肉屋の火災が全てを塗り替えてしまった。
その商店街を変えてしまうくらいの出来事だったと記憶している。

 

そう、もう肉屋と魚屋、文房具店も菓子パン店も今は無い。


現実として今あるべき様相で、今必要とされている態様で、その商店街は保たれている。

その場所では青いラーメン店が存在していて、

茶色いコロッケのお店はもう無いのが現実だ。

 

ノスタルジイは、記憶の一部でしかない。

自分で噛みしめるもの。

 

無いものを美しいと披露することは、滑稽でしかないと思う。

 

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