餡とコーヒー

和菓子とコーヒーに癒されるひとりが書いています。

咀嚼

自分のためにごはんを作っても
大して意味がないと思っていた。
むしろ無駄だとさえ思っていた。

誰かのために多少の気持ちを込めて作る事に意味があるのだと。

今夜1人いつものようにコンビニに向かう支度をしようと家の中を歩いている時に、

ふと2日前の出来事を思い出した。

それは私のごちゃごちゃとした記憶の引き出しに埋もれようとしている1枚だった。

「私にお終いがある事」

(誤解のないように補足すると、必要な記憶は引き出しの中を探せば出てくる。引き出しがごちゃ混ぜなのだ)

お終いがあるからこそ、
一日、一時を大切にできる。

2日前に知ったことだ。

あ、そーか。
それなら自分のために心を込めて作ったっていいじゃん。

と、のろのろと台所に向かい
鶏肉クリームソースのパスタを作った。

ふむふむと咀嚼していると、
あながち無駄ではない事に気づいた。

誰も関係なくて、
だからなのか
何だか気持ちが楽で、
どこにいるより自由だった。

あれ?
何だこれ…


自分のために食事を用意し、
食べ、片付ける。


可笑しいことに、
私が無駄だと決めていた事は、
実は私が追い求めていた生き方なのかもしれない。


もしかしたら、
こういうのが自立なのかも。